“世界のリアル”が見える。フィジーでの海外ボランティア体験談

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「海外でボランティアをしてみたい」。そう思ったことはありませんか?日本からの“お客さま”として扱われる旅行とは異なり、地元の人と生活を共にしながら働くからこそ得られる深い絆とさまざまな体験は、まさに宝物。

 

今回はJICA(ジャイカ/独立行政法人国際協力機構)の協力を得て、海外ボランティア派遣の青年海外協力隊に参加し、南太平洋に浮かぶ島国のフィジー共和国で2年間の任務を終えた柳博美さんに、お話をうかがいました。

 

【Profile】
柳博美さん
1982年、大阪・高槻市生まれ。英語を生かせる就職先へ入社するが、外国の人たちと仕事でふれあうたびに海外へ行きたい思いが募り、大学時代に取得した日本語教師の資格を生かして青年海外協力隊へ応募。2013年7月にフィジー共和国へ派遣され、現地の国立大学付属の職業訓練校やセカンダリースクールで日本語を教えた後、2015年7月に帰国。2016年4月から青年海外協力隊の帰国者で構成されている(公社)青年海外協力協会(ジョカ/JOCA)に再就職し開発教育支援を担当し、関西圏内の児童、中高・大学生、シニアまで協力隊やJICAの活動を啓蒙。将来、小学校教諭として現場に立つことを目標に、働きながら教員免許の勉強にも励んでいる。

開発途上国で井戸掘り?JICA「青年海外協力隊」の実態

―― 青年海外協力隊というと「開発途上国で井戸掘り」といったイメージがあるのですが、実際のところ、どのような活動をしているのですか?

 

青年海外協力隊は、JICAが日本のODA(政府開発援助)の一環として実施している海外ボランティア派遣の事業です。アジアやアフリカ、中南米、大洋州、中東などの開発途上国で、自分の知識や技術、経験を生かしたいと考える人を2年間派遣。現地の人と生活や仕事を共にしながら、一緒に国づくりや人づくりをします。20~39歳の青年枠、40~69歳のシニア枠があり、100を超える職種から自分ができそうな仕事を選び、応募~審査、訓練を経て各国に赴任します。1965年に発足以来、全国で4万人以上が参加しています。

 

青年海外協力隊というと、確かに「井戸掘り」というイメージが強いのですが(笑)、実は井戸掘りは無く、力仕事や作業のボランティアではありません。教育文化、スポーツ、農林水産、保健衛生、行政などバラエティ豊かです。私は日本語教師として派遣されましたが、100を超える職種の中には専門資格を持っていなくても応募できるものが結構あります。例えば、学生時代に部活動で続けていたスポーツや楽器演奏の経験を生かして現地の子どもたちの情操教育の支援をしたり、事務仕事をしている人なら現地でエクセルやワードを教えるPCインストラクターをしたりもできます。農作物や民芸品づくりに取り組んで村の発展を助けたり、ごみの分別をサポートしたりしても良いんですよ。自分の人生を振り返えれば、必ずできることが見つかるはずです。

 

―― 英語が苦手な人でも青年海外協力隊に応募ができますか?

 

40~69歳のシニア枠であれば、英語や他言語の経験などが問われますが、20~39歳の青年枠ならTOEICで中学生英語レベルの330点以上あれば問題ありません。英語は共通語として便利ですが、現地でコミュニケーションを取るなら、断然、現地語ですしね。とはいえ、語学を学ぶうえで、英語を勉強してきた経験がとても生かされます。私は、長年通っていた英語学校のおかげで、伝えたいことが伝わられなかったとき、違う言葉や表現に置き換えて伝える思考が身についていましたが、おおいに役立ちました。

日本語教師として海外ボランティアに参加するまでの道のり

―― 青年海外協力隊は、開発途上国で生活することに加え、派遣期間も2年間と長く、海外留学などと比べるとハードルが高いように思うのですが、柳さんはどうして応募しようと思ったのですか?

 

もともと映画好きの母の影響で、映画を通して小さいころから海外に興味がありました。ちょうど、家の近くに英語学校ができて、小学3年生から週1回のペースで通い始めたんです。学校の英語の授業は嫌いだったのですが(笑)、自分の言葉で国の違う人と話ができる英会話はとても楽しく、長く通い続けていました。その影響で、実は青年海外協力隊に参加する前に、大学在学中にカナダのトロントへ1年間留学もしているんですよ。そのとき、日本のことを知らない自分に気づき、それで良いのだろうかと、帰国してから大学在学中に日本語教師の勉強をして資格を取りました。

 

―― 青年海外協力隊へ応募するにあたり、どんな勉強をしましたか?

 

募集は春と秋の年2回ありますが、実は一度落ちてしまったんです。試験を受けた面接官にも言われたのですが、不合格の原因は日本語教師としての経験不足。青年海外協力隊で必要な「クラスで教える経験」があまりありませんでした。

 

それで、地域の自治体やNPOが運営する日本語教師の市民ボランティアに応募しました。ボランティアなら資格が不要の場合も多く、日本語教師になりたい人や海外ボランティアに参加したい人にもおすすめです。私はそのひとつに、クラス単位で教えたいとの希望を伝えてその機会を得て、経験を積みました。

 

―― 無事に受かった後、フィジーへ渡航するまでにはどのような準備をしましたか?

 

JICAでは70日間の派遣前訓練が用意されていて、語学や国際理解、健康管理などを学びます。

 

個人的には、日本語の指導法をブラッシュアップをしながら、フィジーのことを調べました。「日本語ができると観光関係の仕事に就職するときに有利」といった、特に「なぜ、フィジーでは日本語が必要なのか」について調べたことは大変役立ちました。

日本語の授業に生徒たちの目はキラキラ。生徒からの別れの手紙に感動

―― 実際に派遣されてからのフィジーでの暮らしはどんな感じでしたか?

 

日本で働いていたときと、あまり変わりませんね。国立大付属の職業訓練校や日本の中学・高校にあたるセカンダリースクールで日本語教師として勤めたのですが、勤務は月曜~金曜の8時~17時です。フィジーの祝日は少なく10日ほどで、学校も正月以外は開いています。けれども、ティータイムがあったり、昼食時間が長くなったり、毎日はゆるい感じでしたね。

 

週末は、テニスやジョギングをしたり、家で読書をしたり。青年海外協力隊の派遣人数は国により異なり、フィジーの場合は同期7名を含めて約30人の隊員がいて、近くに住んでいる隊員と一緒にご飯を作って食べたりもしましたよ。また、学期ごとの長期休暇では、フィジーの別の島へ遊びにも行きました。

 

―― 現地で困ったことや注意していたことがあれば教えてください。海外では食事が大変とよく聞きますが、どうでしたか?

 

困ったことだらけでしたね(笑)。でも、その不便さも楽しかったです。まずはとにかく、歩かなくてはならない。バスは島を一周する主要道にしかないうえ、いつ来るかわからないという……。ただ、小さな国なので歩いていると知り合いによく会い、立ち話をしたりして、そんな時間も好きになりました。

 

ほかにも、健康の自己管理は徹底しました。日本のように風邪をひいたからといって、気軽に病院の先生に診てもらうことができません。だから予防がとても重要なんです。日ごろから、よく寝て、よく食べて、休むときはしっかり休むよう心がけました。体力をつけるために、ジョギングも始めましたね。隊員同士でも「無理はしない」が合言葉でしたよ。

 

食事は自炊でしたが、フィジーは日本と同じで世界的には珍しく水道水が飲めるほどキレイなのに加えて、日本に近い米や醤油なども手に入るので、食べ物で困ったり、日本食を恋しくなったりすることはありませんでした。

 

―― 逆に、現地に行って良かったことや嬉しかったことを教えてください。

やはり、一番は生徒たちの笑顔です。協力隊では職業訓練校への派遣だったのですが、フィジーへの日本人旅行者が減少したことから生徒が増えず、セカンダリースクールへ出前授業にも行きました。フィジーは他の開発途上国と同様に娯楽が少ないので、学校で変わった体験ができること自体に子どもたちは喜んでくれるんですね。授業中、目をキラキラさせながら「先生、毎日来てくれたら良いのに」と生徒たちに言ってもらえて嬉しかったです。13~14歳ぐらいの生徒たちでしたが、日本の童謡を満面の笑顔で楽しそうに歌ってくれるんですよ。

 

帰国するときにはたくさんの生徒が手紙をくれました。中でも、最も手を焼いた生徒から、A4用紙にびっしり2枚に渡って書かれた手紙を帰国前日にもらったときは、感極まりましたね。

海外ボランティアは“世界のリアル”が見える貴重な体験

―― しっかりと現地の生活に入り込む海外ボランティアだから味わえる感動ですね。帰ってきて、自分自身が変わったこと、成長したことはなんですか?

 

人を許せるようになったことでしょうか。赴任したての頃は、現地の「時間にルーズなところ」や「約束を守らないところ」にイライラしていました。授業に生徒が来ないこともあったんですよ。けれども、フィジーの人にとっては家族が最優先で、そのために急に休むことも当たり前なんです。逆に、家族のありがたさを感じました。

 

フィジーでは、人をとても大切にしていて、どんな人でも受け入れてくれます。大人や子ども関係なく、知らない人からでも挨拶をされ、気軽に喋りかけてくれます。子どもが悪いことをしていれば、知らない子どもであっても大人たちは叱ります。日本では廃れてきた風習がフィジーにはあり、それで上手く社会がまわっているんです。

 

フィジーで2年間暮らすうちに、徐々にイライラしなくなりましたね。

 

―― では、最後に海外ボランティアを目指す人に向けてメッセージをお願いします。

 

海外ボランティアは、海外で生きる人たちと生活の中に入っていくことができる貴重な体験です。貧富の差や民族間の違いなど、良くも悪くも“世界のリアル”が見えますし、何ができるかを自分で考えて発信し、信頼関係も構築していかないといけませんが、努力した分だけ得られる感動も大きいと思います。

 

協力隊の派遣先は、開発途上国であまり馴染みがないと思いますが、どの国にも尊敬すべき文化と社会があります。「百聞は一見にしかず」ということわざどおり、行ってみてわかることがたくさんありますよ。

インタビューを終えて

海外ボランティアは、いわば人生を変えるチャンスになりそうです。

 

しかし、ただ与えられるのを待つのではなく、柳さんのように自分から考えて動いたからこそ、人生を変えるチャンスにできたのではないかとも思いました。海外ボランティアに応募することは、その最初の一歩になりそうですね。

 

世界が広がることで、さまざまな価値観や生き方に気づけば、前向きで楽しい人生を送るきっかけになるかもしれません。柳さんのお話を聞きながら、心からそう思いました。

 

Interviewer&Writer:児島奈美/トラベルライター
旅行雑誌やWEB等で、国内外問わず現地へ足を運び取材・撮影を行う。得意分野は、旅のルポ、グルメ取材、人物インタビューで、渡航した海外はプライベートを含め約40か国。雑誌立ち上げのために約3か月、ベトナムに滞在したほか、プライベートで欧州周遊(約3か月)、米国横断(約1か月)、東南アジア周遊(約3週間)、米国滞在(約1年)の経験も持つ。実践の場で英語を使うことが多く、「英語はツール」をモットーに、わかりやすく使える英語を心掛けている。

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